nobody knows diary

神経心理学や言語病理学について、読んだ論文をまとめています。

「高齢期難聴がもたらす負の影響」 と 「介入の可能性」 について

内田育恵:高齢期難聴がもたらす影響と期待される介入の可能性.音声言語医学 56:143‐147.2015

 

65歳以上の高齢難聴者は全国で1500万人に上るとされ、超高齢化社会である日本においては緊要な課題である。この稿では、前半では高齢期難聴がもたらす個人や社会への不利益について、後半では補聴器導入や聴覚リハに関する知見を概説している。

 

  • 高齢期難聴が関与する負の影響について

 

高齢難聴者を対象とする多くの疫学研究から、難聴の存在が、抑うつ、意欲低下、認知機能低下、脳萎縮、要介護又は死亡等のリスク増加に関与することが報告されている。

米国民対象の調査では、70歳以上の女性中等度難聴群では、聴力良好群を基準にすると、特に抑うつと有意に関連していたとの報告がある。また、60歳代を対象に、認知機能検査と聴力検査の両方の結果を比較したところ、25dBの聴力低下に伴う認知機能の低下は、7歳の経年変化とほぼ等価であるとの試算を出している。

同じく米で実施された縦断研究では、中等度難聴群では聴力正常群に比べて認知症発症リスクが3倍、高度難聴群では約5倍になるとの報告がある。さらには、難聴群と聴力正常群ではその後のMRI画像の追跡調査で、脳萎縮の進行が有意に速かったという知見が示されている。

また、難聴と死の転帰との関連や、難聴者の医療費支出額が相対的に多い理由としては、難聴がもたらす社会的孤立、認知機能低下、うつ、医療介入に対するアドヒアランス低下、ヘルスリテラシー低下が推察されている。

 

 

 高齢者をターゲットに、規模の大きな集団で補聴器の中長期的な有効性を検証した研究は殆んどない。ここでは100名以上の集団を対象に補聴器介入を行った研究として、Murlowらの研究とvan Hoorenらの研究を紹介している。

 

 Murlowらは退役軍人を対象に、聴力40dB以上の194名を補聴器装用群と非装用群に分けて追跡調査を行った。4か月後、ベースラインと比べて認知機能や抑うつに関する項目で、補聴器装用者の方が有意な改善を示した。

 

 一方で、van Hoorenらは、60歳以上の難聴者に対し、補聴器装用群と非装用群に分け12か月後に認知機能検査を行ったが、両群間に有意な変化を認めなかった。

 

このように調査数もまだ少なく、

「現時点では、高齢者に対する補聴器を用いた介入が『認知機能を保つ効果があるか』または『抑うつの予防効果があるか』というResearch Questionの結論は出ていない

ようだ。

 

筆者らは、国立長寿医療研究センター病院耳鼻咽喉科補聴器外来受診者を対象に、特に80歳以上の年齢群に注目して語音明瞭度を解析している。語音弁別能70%未満である割合は、80歳未満男性で25%であるのに対して、80歳以上だと67.7%と優位に高い結果が出た。また強音圧で明瞭度が最高明瞭度より低値となるロールオーバー現象を年齢別に検討したところ、高齢になるに従いロールオーバー現象が発生しやすいことが分かった。

語音弁別能が低い場合、ロールオーバー現象が起こりやすい場合などは、補聴器への期待が過剰にならないよう、導入前のガイダンスであらかじめ歩調の限界について説明しておくことが求められる。また「補聴器使用は聴覚リハビリテーションである」という啓発が、定着を得るために重要である。

 

(最後のところで今後の聴覚リハの可能性を示唆するような大変興味深い研究が報告されていた。)

 

“楽器演奏トレーニングで語音聴取能が向上するのでは?”というOPERA hypothesisである。高齢の音楽家では、同世代の非音楽家と比べて言語聴取時の脳幹や皮質下の反応が速く、音楽的なトレーニングを開始した年齢や、トレーニング継続期間との相関がみられた。このことから以下5条件が揃えば、楽器演奏などの音楽トレーニングが言語をコード化するときの神経活動を高め、聴覚処理ネットワークにおける神経可塑性を促すとする仮説が出された。

Overlap:音楽とスピーチの音響的な処理プロセスで共通する脳内ネットワークの存在。

Precision:音楽がそれらのネットワークに対して、言語より精度の高い処理プロセスを要求するものである。

Emotion:音楽活動がそのネットワークに強い正の感情を引き起こさせるものである。

Repetition:そのネットワークを働かせる音楽活動は頻繁に繰り返される必要がある。

Attention:そのネットワークを活用する音楽活動が意識の注目下に行われること。

 

《感想》

Opera hypothesis、まだ仮説の段階なのでしょうが、たいへん面白いですね。

老人性難聴の予防ってできるの?

山下裕司,菅原一真:感覚器の老化と抗加齢医学‐聴覚‐.日耳鼻 119:840‐845,2016

 

老人性難聴とは生理的な年齢変化により生じる難聴のことで、高齢者のQOLを著しく障害する。罹患者は多く、今後社会の高齢化が進めば、より一層深刻な問題となる。

その特徴としては、両側性感音難聴が進行し、高周波数帯域から閾値が上昇し、聴覚情報の中枢処理の遅延や音源定位の悪化が生じる。一般に騒音下での会話が困難となり、死因の弁別に困難を覚えたりする。さらに進行すると、母音の弁別も困難になり、コミュニケーションが高度に障害される。

 

 老人性難聴の発症に影響を与える因子としては、遺伝的要因、騒音暴露歴、喫煙、糖尿病・循環器疾患などの合併などが挙げられている。

 

(と、ここまでは従来から言われていたこと。筆者らはここからさらに老人性難聴の予防について自らがかかわる2つの研究について言及している。)

 

  1. 熱ショック応答による老人性難聴の予防に関する研究 
  2. マウスに熱負荷やてプレノンの投与により内耳に熱ショック応答を誘導することで、老人性難聴モデルマウスの難聴が抑制された。
  3. メタボリック症候群モデルマウスにおける難聴発症の機序と予防に関する研究
  4. メタボのマウスにカロリー制限を行うことで、内耳血管障害を抑制し難聴の進行を予防できた。

 

《感想》

言語聴覚士として老人性難聴の基礎知識は分かっていたはずだが、「予防」という重要な観点から難聴を勉強したことってなかった。大変勉強になった。難聴予防薬、期待しています!

認知症の妄想・作話

松田実:認知症の妄想・作話‐その成り立ちにおける感情的側面について‐.老年精神医学 27:164‐171, 2016

 

「はじめに」のところですでに、筆者・松田実先生の言いたいことはほぼ語られているらしい。認知症は認知機能の病であるが、その基盤となる感情が不安定だと、その上にのっかっている認知機能はさらに崩れる。だから、認知症の方と接する際は、患者さんの感情を安定させてあげること、安心させてあげることが大切で、そのためには接する側の感情も安定していることが必要であるというのだ。

 

 なぜ感情面の安定が大切なのか。それは認知症者のBPSD、特に妄想は、脳器質因ばかりではなく心因の影響も受けていることが分かってきたからだ。

 

 認知症における人物誤認の特徴として、誤認の対象は近親者に限られることが多い。これを筆者は「家族誤認」と呼んでいる。この家族誤認について、器質因と心因の両方が関係していると思われる根拠をまとめている。

 

 まず器質因説を支持する根拠だが、これは家族誤認がADよりもDLBで生じる頻度が圧倒的に高いという疾患特異性と、右半球障害や前頭葉障害と関係が深いと言う部位特異性が挙げられる、と筆者は言う。

 

 心因説を支持する根拠としては、誤認対象の選択性(誤認対象が嫁だけ、等)や症状の変動性(家にいる時だけ誤認が生じ診察室では誤認が生じない等)が挙げられる。

 

 このように器質因と心因が重なって誤認症状が形成されている、と考えるのが最も妥当のようだ。

 

これまで作話や妄想の病態機序として、認知神経心理学では、記憶空白の穴埋め的反応、時系列の障害、検索モニターの障害などが想定されてきたが、最近は感情的な側面の重要性が見直されつつある。想定される心理的な機序としては、wish-fulfillment(願望充足)、self-defense(自己防衛)、self-coherence(自己一貫性、すなわち過去の自己イメージへの執着)などが重要視されている。認知症の作話や妄想では、こうした心理的機序が働いているとおぼしき例が多い。

 

《感想》

松田先生の書くものって、これまでの研究の切り貼りとか事実の羅列のような記述が無くて、ちゃんと一度松田先生の中を通して言葉が表現されていて、それが呼んでて学術論文ぽくなくて新鮮なんだよな。

妄想性同定錯誤症候群 カプグラ症候群を中心とした発現機序

山田真希子,大東祥孝:妄想性同定錯誤症候群の成立機構.老年精神医学雑誌 21: 661-664, 2010

 

Chirstodoulouは、カプグラ症候群、フレゴリ症候群、相互変身症候群、自己分身症候群の4つの症候群がいずれも脳損傷後(とくに右半球損)に生じることから、脳器質的要因を重視し、妄想性同定錯誤症候群としてまとめた。本稿では、これら4つの症候群の中で、もっとも認知神経科学的に研究が試みられているカプグラ症候群について、そのメカニズムを再考している。

 

カプグラ症状の発現機序について、①なぜ妄想誤認が生じるのか?、②誤認を否定する事実を与えられたとしても、なぜ患者の妄想誤認は修正されずに継続するのか?この2点の論点でまとめられている。

 

  1. なぜ妄想誤認が生じるのか?

EllisとYoung, HirsteinとRamachandorannなどの研究に言及し、相貌認知経路離断による「親近感/情動的なつながりの欠如」によって生じるという説を紹介している。しかし、「親近感が生じない」ことの唯一の客観的根拠となる皮膚電位反応の欠如について、いくつか問題点が指摘されていることにもふれている(例.カプグラ症状で時々同時に見受けられる物や場所に対する誤認については説明されていない等)。

 

  1. 誤認はなぜ修正されずに継続するのか?

間違った信念が形成される背景には、信念評価システムの破たんが考えられている。患者の信念が修正されることなく継続する背景には、確証バイアスという認知特性が考えられている(Young,2008)。患者は確証バイアスにより、妄想的信念を確証する事実を探そうとし、それに反する事柄は黙殺し小さい価値しか与えなくなる。

この他にも、通常ならば妄想に反する真の事実と誤信を照らし合わせることで矛盾を見出して誤信を修正する機能が障害されていることも、カプグラ症候群の訂正不能性と持続に関連しているのではないかとしている。

 

《感想》

妄想が訂正不能で持続する要因についての考察が、自分の研究を進める上でも大変参考になる。

重複記憶錯誤について

林竜一郎:急性期脳卒中診療における重複記憶錯誤.Modern Physician 30: 11, 2010

 

重複記憶錯誤について、神経内科医にむけられて書かれたものと思われる。

 

Devinsky(2009)を引用して、「その機序は現時点では不明瞭だが、自己認識や親近性の判断に優位な右半球障害と、カテゴリー化に優位な左半球の過剰な活動が相まって生じるとする意見もある」と述べる。さらに「同一性の判断は人の認知機能の根幹でもあり、その意味でも様々な場面でより注目されるべき症候と考える」との見解を示し締めくくっている。

コタール症候群について

小泉明:コタール症候群.分子精神医学 4: 45-48, 2010

 

「精神科領域の用語解説」としてコタール症候群について説明している。

  • 歴史的経緯

 Cotarは1880年、「不安メランコリーの重症型における心気妄想について」という演題で、奇妙な心気妄想を呈するX嬢について報告している。彼女は「脳も神経も肺も腸もなく、瓦解した身体は骨と皮だけだ」と言い、さらには「魂も神も悪魔も存在しない」「体が壊れてしまっているので、生きるために食べる必要などないが、自然に死ぬこともできず、火あぶりにされない限り、永遠に生き続けるのだ」と訴えたと言う。ここからコタールは「重症不安メランコリー」として次の6つの性状を見出した。

①メランコリー性不安、②劫罰あるいは憑依観念、③自殺あるいは自発的事象傾向、④無痛感覚、⑤種々の器官、身体全体の非存在、⑥決して死ぬことができないという観念。

 

Cotarの死後、Regis(1983)において、上記6つの症状の総体をCotar症候群という名で規定し、「最もしばしば、個人の全般的あるいは部分的な非存在あるいはその破壊といった心気妄想つまりは否定妄想に限定されることが多い」としている。

 

  • 疾患

Cotar症候群は、症候群である以上、あるあゆる疾病にみられるものであり、うつ病統合失調症、妄想性障害、頭部外傷、進行麻痺、アルコール幻覚症、認知症などがある。このためコタール症候群に対しての特別な治療があるわけではなく、あくまで原疾患の治療をするべきである。

 

 

《感想》

コタール症候群については知ってはいたが、Cotar先生がどんな人なのかまでは知るすべもなかった。

「一私立精神病院に勤務していた勤勉だが野心に乏しい人物だが、自身の記述したX嬢のおかげで、フランスのみならず世界の精神医学の症候学の分野に、その名を刻印することになった」

「パリ近郊の私立保養院でひっそりと勤務し、時折近隣の公園を散歩する姿が見られた」

「患者と家族を愛した地味な一精神科医

など、Cotar先生の人となりが分かるような記述があり想像がふくらむ。

Feinbergが報告するフレゴリ症候群の一例

Todd E. Feinberg, Lisa A. Eaton, David M. Roane and Joseph T. Giacino:

Multiple Fregoli delusions after traumatic brain injury. Cortex, 35: 373-387, 1999

 

背景

 

フレゴリ症候群は妄想性同定錯語症候群(以下、DMSと略す)の一つである。DMSには他にカプグラ症候群や相互変身症候群、自己分身症候群、重複記憶錯誤(筆者はこのRPをDMSに入れる立場をとっているよう)が含まれており、これらを呈す患者はいずれも、人や場所、事物の同定を誤ったり、重複させたりしてしまう。

近年、カプグラ症候群と神経疾患の関連性が論じられるようになったが、フレゴリの錯覚につてはまだ十分な検討がなされていない。

筆者らは頭部外傷後にフレゴリの錯覚を呈した症例に対して、詳細な神経心理学的検査をおこない、フレゴリ症候群の神経病理学的基盤を明らかにしようとしている。

 

症例

 

61歳、右利き、男性。階段から転落し、頭部外傷を負った。CTでは右前頭葉に大きな脳挫傷、左側頭-頭頂葉にも小さな脳挫傷が認められた。

 

神経心理学的所見(受傷3か月後に実施)

 

注意:数字の順唱や指示課題など基本的な注意機能を調べる検査では平均的な成績であったが、逆唱などの二重課題やセットの転換を要する課題ではエラーが目立った。

記憶:単語16語のリストを見た後に自由に想起する課題では、対象そのものの想起ができずに意味的に関連する単語を答えることが多かった。また性的な単語を答えるなど脱抑制的な言動もあった。視覚性記銘を調べる検査では、20分後の遅延再生が特に不良であった。

言語:日常会話は話題の逸脱が多く、また意味性錯語や新造語も散見された。呼称課題は錯語や性的な単語で答えるなどがあり、平均範囲内下のレベル。理解面は統語構造が複雑になると困難となったが、これは作動記憶の問題で二次的に生じているものと考えらえた。

実行機能:概念化、推論、自己モニタリング、思考の柔軟性を調べる検査は境界から重度障害のレベルであった(←WCSTやWAIS-Rで検索している)。

 

フレゴリの錯覚

 

患者の呈したフレゴリの錯覚は、バリエーションに富んでおり、病院関係者やその他見知らぬ人物を、家族、同僚、知人、自己へ誤認することがあった。

家族への誤認:車いすに縛り付けられた青年を自分の次男坊であると主張したり、テレビの中の闘う男の一人が自分の長男坊であると主張。

同僚への誤認:車いすに乗車した患者のことをかつての同僚であると言った。彼はかつての同僚とこの患者は見た目が違っていることを認識できていたにもかかわらず、同一人物であると主張していた。

知人への誤認:リハビリセンターの関係者を昔からの知り合いに誤認していた。リハセンター長を彼の住む町の町長に、ソーシャルワーカーをかつての上司に誤認しており、おもしろいことに双方の社会的地位には通ずるところがあった。

自分への誤認:テレビにうつるプロのアイススケーターを自分であると言った。

 

その他の誤認

 

見当識を問うと重複記憶錯誤の徴候が認められた。「自分がHartwyckの病院に入院したことがあったが、それは私が思っていたのとは違かった。それはHartwyckのちょうど隣にあるもう一つの別の病院である」と語り、またある時は3つの病院に行ったがそれはみなHartwyckであったと言った。

 

考察

 

本例に対して神経心理学的評価をおこなった結果、重度の実行機能障害と記憶障害を認めた。患者は脱抑制的で思考の逸脱があり、保続やコミッションエラーも多くあった。モニタリングや選択能力が低く、連合弛緩の傾向があった。また一度に数分間のメンタルセットの持続も不能であった。記憶が悪いことで、現在進行形の経験を記憶にとどめることが難しく、このことが自己の内的な思考・感情を外界の出来事と照らし合わせながら考え評価することを難しくしていたと思われる。

ではこの実行機能障害と記憶障害が、DMSの一つであるフレゴリ症候群とどのように関係するのだろうか。ここでは、同じくDMSの一つであるカプグラ症候群の患者と神経心理学的所見を比較し、実行機能と記憶の悪さが共通していることを指摘している。しかし、カプグラ症候群は親近性の否認であり、フレゴリ症候群は過度の関係性を示すもので、両者の方向性の違いが生まれるゆえんは何なのか。

この疑問に対して、筆者らは動機の重要性を強調している。PatersonとZangwill(1944)の中で、地図の上ではスコットランドの病院に入院していることを認めるが、同時にイングランドにある自分の住む町に位置していると言う症例が紹介されている。この失見当識は他の認知機能が改善した後も残存しており、これは彼が家に帰りたいという強い思い故であったと説く。WeinsteinとKahn(1955)は病態失認や、否認、作話や重複記憶錯誤を呈す患者にとっては、動機がづけ要因が重要であるとしている。RuffとVolpe(1981)は病院を自宅の中にあると信じた症例が紹介しているが、これも家に帰りたいと言う強い欲求があったからであるとしている。本例は、自己の障害をかえりみず、何度も仕事に戻りたいと言っていた。実際彼のフレゴリの錯覚は同僚への誤認が多く、彼の作話は動機づけ要因に影響されていた可能性がある。

 

((つぶやき))

・動機付け要因が作話内容与える影響について考えること。

・Feinbergのような詳細な神経心理学的評価を行えていないことをしっかり自覚すること。

モゴモゴモゴ・・・。