nobody knows diary

神経心理学や言語病理学について、読んだ論文をまとめています。

抗NMDA受容体脳炎における純粋精神病エピソードの頻度と症状

Matthew S. Kayser et al. : Frequency and Characteristics of Isolated Psychiatric Episodes in Anti-N-Methyl-D-Aspartate Receptor Encephalitis. JAMA Neurol, 70: 1133-1139. 2013

 

【はじめに】

 抗NMDA受容体脳炎は自己免疫性疾患のひとつであり、NMDA受容体のサブユニットであるNR1にIgG抗体が結合することで生じる。病初期にはさまざまな精神症状をみとめ、続いて神経症状が出現、認知行動症状が長引くことがある。統合失調症をおもわせる重篤な行動変化があるために、これまで精神科疾患と誤診されてきた可能性も指摘されている。なかでも誤診されやすいのが、神経学的症状がとくになく、純粋な精神病エピソードのみのケースである。ここでは抗NMDA受容体脳炎における純粋精神病エピソードの頻度とその症状について調べている。

 

【方法】

 抗NMDA受容体脳炎と診断された571例。全例、髄液もしくは血清からIgG抗体が検出されている。フォローアップ期間は平均24カ月。初発例・再発例のいずれをも対象とする。全例他の疾患を除外するため、MRIや髄液検査などで精査されている。ここでの純粋精神病エピソードとは、「神経症状をともなわず、血清あるいは髄液中の抗NMDA受容体抗体により引き起こされた精神症状」と定義される。

【結果】

 571例中、精神症状のみを呈した患者は23例(4%)であった。このうち5例は抗NMDA受容体脳炎の初発であり、のこりの18人は再発時の症状として精神症状のみを呈した。23例(女性21例)の平均年齢は20歳で、10例(43%)が腫瘍を合併し、全例卵巣奇形腫だった。10例中5例は再発例であり、このうち初発時には腫瘍が確認されていなかったのが3例、腫瘍再発が2例であった。

 MRIで異常所見をみとめたのは22例中10例で、FLAIRで側頭葉、前頭葉頭頂葉などに非特異的な変化があった。EEGは20例におこなわれ15例で異常を呈し、てんかん波、あるいは非特異的な徐波を伴った。

 再発18例については過去に抗NMDA受容体脳炎と診断されており、初発のときは神経症状もあり典型的な経過をたどっていた。再発の18例では発症から治療開始までの時間は平均14日(3~60日)であり、初発群5例の平均28日(7~154日)と比べ、早いうちから治療が開始されている。18例中5例は複数回の再発があり、うち2例は複数回精神症状のみの再発があった。

 純粋精神病エピソード23例の臨床像としては、17例(74%)が妄想、10例(43%)が幻聴や幻視、13例(57%)が攻撃性の亢進であった。16例(70%)には気分の変調も認められている。

 初発の5例中3例で認知機能を調べているが、精神症状が強すぎて記憶の問題を示唆するぐらいの結果しか出ていない。再発の18例中3例では、以前の脳炎後からコルサコフ症候群様の症状が後遺症として残っており、再発時も変わらなかった。

 免疫療法や腫瘍摘出などの治療後、23例中19例(83%)で完全寛解もしくは改善をみとめている。

Case2

 28歳、女性。精神科疾患の既往や家族歴なし。異常行動や幻視で発症。当初、単純ヘルペス脳炎が疑われ、これに準じた治療がほどこされたが改善しなかった。MRIや髄液検査、FFGで異常所見なし。精神科病院に入院となったが、ここでの医師が脳炎を疑い再度転院。髄液検査でNMDA受容体抗体をみとめ、免疫グロブリン大量療法とステロイド治療を受けた。退院前に精神科に移り、やがて完全回復した。初発から33か月後、ふたたび異常言動が出はじめ、性行動過剰や妄想、躁状態が目立つようになった。前回治療を受けた病院に入院となったが、攻撃性が強く、長期にわたる拘束が必要だった。髄液検査でNMDA抗体の増加をみとめ、標準的な治療を受けた。入院期間中を通して神経学的症状は認めなかった。精神症状対してはバルプロ酸やクエチアピン、クロルプロマジンが処方された。やがて精神科に入院となり10日後に退院となった。

 

【考察】

 純粋精神病エピソードの抗NMDA受容体脳炎は稀ではあるが、初発・再発いずれの場合でも生じ得る。特に、初発であり、神経学的症状が無く、脳炎の既往もない患者だと、最初は精神疾患であると誤診されやすい。ここでの初発5例はMRIで異常所見があったために髄液検査を含むより詳しい検査に移行できたが、このことは裏を返せばMRIで異常所見がなければ抗NMDA脳炎の可能性を見過ごされてしまうことを意味する。治療への反応がよい疾患であるだけに、早期に抗NMDA受容体脳炎と診断できることが重要である。

 

 

 

抗NMDA受容体脳炎と精神症状の関係

筒井幸ら:抗NMDA受容体脳炎と精神症状.精神医学,57:795-801,2015

 

 抗N-methyl D-aspartate (NMDA)受容体脳炎という新たな疾患概念は、2007年Dalmauらにより提唱された。本疾患は辺縁系を首座とする自己免疫性の脳炎で、意識障害のほか、精神症状、けいれん発作、自律神経症状、不随意運動などの多彩な症状を呈する。当初、本疾患は卵巣奇形腫を伴う傍腫瘍性の辺縁系脳炎と考えられたが、症例報告が増えるにつれ腫瘍を伴わないケースもあることが分かってきた。

 

 本疾患は経過中に気分の変調や統合失調症を疑わせる精神症状を呈することが多い。このため、精神科がかかわる頻度が7割を超える器質性精神疾患でもある。また症例数は限られているものの、経過を通して精神症状のみ、てんかん発作のみ生じるケースも知られている。典型例であってもMRI上異常を指摘されないことが3割あり、これらの患者が精神症状のみ呈した場合は、自己免疫性辺縁系脳炎の可能性が見逃されてしまうこともある。

 

 男女比は2:8、平均年齢21歳と、若年女性に多い疾患である。18歳以下は37%、45歳以上は5%と若年から壮年までの発症が大半だが、老年期発症のケースもある。腫瘍の合併するケースは全体の4割で、そのうち大半(96%)が卵巣奇形腫である。

 

 典型的な抗NMDA受容体脳炎の経過としては、感冒様症状のあと、抑うつ状態様の症状を呈し、幻覚妄想状態を伴い顕在化する。幻聴、幻視、妄想、気分の易変性などを生じ初発の統合失調症が疑われることもあり、当初は精神科受診、精神科専門病院への入院となることも多い。

 

【検査所見】

・病初期には、血液検査には大きな問題を認めないことが多い。

MRIでは66%に異常が指揮され、側頭葉内側の異常が多いが、本脳炎に特異的といえる所見はない。

EEGは有用で、典型例は全般性の徐波を生じる。だがEEG正常のケースもいる。

 

【診断】

 患者の髄液、血清からIgG抗体を同定することで確定診断となる。抗NMDA受容体に対するIgG抗体測定は、ヒト胎児腎細胞にNMDA受容体のサブユニットであるGluN1とGluN2を共発現させるcell-based assay(CBA)などにより行われる。CBAは4日が必要で、国内では測定できる施設が限られている(金沢医科大学秋田大学)。

 まずは急性期のサンプルを採取し、感染性脳炎髄膜炎が否定されたところで速やかに免疫療法を施行、確定診断は後日という形をとることも多い。

 

【治療と予後】

 免疫療法をおこなうことで良好な予後が期待できる。卵巣奇形腫などの腫瘍合併例では腫瘍の切除が望ましい。免疫療法として1st lineはステロイドパルス療法、血漿交換、免疫グロブリン大量療法(IVIG)、2nd lineはリツキシマブ、シクロフォスファミド投与が推奨されている。

 長期予後としては、寛解~軽度の後遺症をのこすものが8割と大半で、致死率は4~7%である。

 

【精神科領域からの提言】

 Kruse(2015)は、精神科患者で抗NMDA受容体脳炎が疑われた12例について、気分、思考、言語に関する症状とカタトニア症状が特徴であったと報告している。確定診断の前に9例は精神科の適応と判断されており、1例を除く全例が精神科あるいは内科入院となっていた。

 12例全例が言語や発語の異常を生じており、発語量の減少も伴った。それに加え、発症当初の多弁sな、繰り返しあるいは保続様の発語、反響言語、新作言語、喚語困難など、多彩な言語症状を認めた。認知機能障害は全例で認められており、神経症状は11例で指摘され、異常運動、けいれん、感覚の障害などがそれにあたる。

 本疾患は統合失調症様症状が華々しいことも多いため、気分の異常や言語・発語障害の評価は二の次になりがちである。しかし、臨床経過と症状を詳細に診察・聴取し、異常体験に加え気分症状や、言語や発語の異常などに関しても注意深くあるべきと思われる。

 

(感想)

これまで抗NMDA受容体脳炎について知らな過ぎた。精神症状が華々しい場合、神経内科の先生に『心療内科精神科医のコンサルを一刻もはやくお願いします!我々STにできることはありません!』って思っていたけど、精神症状にマスクされた認知機能や言語の異常をしっかり評価することがSTの大切な役割なんだな。

精神障害者保健福祉手帳診断書について

橋本圭司:精神障害者保健福祉手帳診断書(高次脳機能障害).総合リハ;193~197,2012.

 

日本では失語症以外の高次脳機能障害は、「器質性精神障害」という診断名のなかにふくまれる(ちなみに失語症の場合、身体障害の3級、4級の認定が可能)。

 

器質性精神障害とは、脳そのものの病変、または脳以外の身体疾患のために脳が二次的にダメージを受けて、何らかの精神障害を起こすことを指す。障害者福祉において高次脳機能を認定する際には、医師による精神障碍者保健福祉手帳の診断書が必要になる。精神障害者保健福祉手帳の診断書は、ICD-10を用いて診断され、①「器質性健忘症候群、アルコールその他の精神作用物質によらないもの(F04)」、②「脳の損傷および機能不全ならびに身体疾患によるその他の精神障害(F06)」、③「脳の疾患、損傷および機能不全による人格および行動の障害(F07)」からあてはまるものを書く。

 

ここでは、この診断書の書き方のポイントが解説されている。

 

診断書の記入に当たっては、患者がどのような高次脳機能障害に該当するのかを簡潔に書き(「注意力の低下」「記憶障害」「脱抑制(場にそぐわない発言)」「脱抑制」など)、その上で患者に特有の症状を具体的に表現する必要がある。

 

また参考所見として、神経心理学的検査の結果を簡潔にしめし、最終的に患者が日常生活や社会生活にどの程度の困難を有しているのかを記載するとよい。

WMS-R

中島恵子:実践講座 神経心理学的検査の実際 WMS-R.総合リハ,44:321-324.2016

WMS-Rは、1987年アメリカでつくられたウェクスラー記憶検査改訂版をもとに、2001年杉下らにより刊行された。

 

【使用目的と特徴】

5つの記憶の側面から記憶障害をはかる記憶検査である。年齢適応範囲は16~74歳で、平均が100、標準偏差が15となるように標準化されている。

 

【結果の解釈】

1.言語性記憶

「論理的記憶Ⅰ」と「言語性対連合Ⅰ」の粗点から算出される。物語の再生課題では、話の筋を追ってまとめる力と細部に注意を払い記憶できる力をはかる。得点が低い場合は、記憶の容量が小さい、記銘力の低下、注意力の低下が考えられる。対連合学習ではイメージと関連させて覚える工夫(言語操作)が必要だ。

 

2.視覚性記憶

「図形の記憶」「視覚性対連合Ⅰ」「視覚性再生Ⅰ」の粗点から算出される。図形の記憶は、最初に見た図形を記憶し、他に干渉されずに見た図形を保持し、異同弁別できる力をはかる。低得点の場合は、干渉されやすい、細部への注意力が弱い、無意味図形の記銘力が弱い、などが考えられる。視覚性対連合Ⅰでは、色と無意味な形をセットにして覚える力をはかる。低得点の場合は、セット化(赤い金魚に形が似ている、等)の工夫が弱い。視覚再生Ⅰでは、形の記憶をはかる。線分がどの角度で交差しているか、どのような内包関係か、などを視覚的に記憶する。低得点の場合は、構成の把握力や細部への注意力が弱い(正確さに欠ける)ことが考えられる。

 

3.一般的記憶

言語性記憶と視覚性記憶の総合粗点から算出される。

 

4.注意/集中

「精神統制」「数唱」「視覚性記憶範囲」の粗点から算出される。精神統制は、落ち着いて簡単な課題に正確に取り組めるかをはかる。数唱は、ワーキングメモリをはかる。順正>逆唱が一般的で、逆唱が3桁以下であればワーキングメモリはかなり低く、遂行機能の低下も考え荒れる。視覚性記憶範囲は、位置を変えての動きの記憶をはかる。低得点では、動く順序の記憶が弱いと思われる。

 

5.遅延再生

「論理的記憶Ⅱ」「視覚性対連合Ⅱ」「言語性対連合Ⅱ」「視覚性再生Ⅱ」の粗点から指標が出る。30分以上経過後の再生能力をはかるため、特に復学・復職には必要となる。聴覚性記憶、視覚性記憶、それぞれの能力の特性を把握し、どのような大小手段が有効かを考える手掛かりとなる。たとえばここで、再生はできなくても再認が可能なことが分かれべ、どんなヒントが有効なのか(文or絵文字or記号など)代償手段をかんがえる手掛かりになる。

【最近のトピックス】

松村監訳『認知リハビリテーション実践ガイド』2015年、によると記憶訓練を「陳述記憶と遂行機能」の両方を高度に活用する訓練と、「洗剤記憶・手続き記憶」による学習の訓練に分けて述べている。ポイントは次の4つ。

①環境・患者の特性、②訓練プログラムの決定(何を教えれば生活が改善するのか、どこでターゲットタスクが使われるのか、ターゲットタスク実行のタイミング)、③ゴールの設定、④患者個別の計画デザインの詳細

 

(感想)

WMS-Rの検査結果をただしく分析し、患者様の生活向上のためにちゃんと活かせるようになりたいな。がんばろう。

鼻咽腔閉鎖不全へのアプローチ

福永真哉ら:鼻咽腔閉鎖感覚の運動訓練を中心としたアプローチで鼻咽腔閉鎖不全が改善した痙性ディサースリアの1例.ディサースリア臨床研究,3:21-25,2013

 

鼻咽腔閉鎖不全(velopharyngeal incompetence; VPI)を伴う構音障害例に対して、従来のブローイング中心の運動訓練ではなく、「鼻咽腔閉鎖感覚の運動訓練」と「対照的生成ドリルによる構音訓練」を行ったことで、呼気鼻漏出や発話明瞭度が改善したとの報告。

 

訓練プログラム  週5回(1回40~60分)を約16週間実施

1)VPIに対する訓練

・軟口蓋を凍らせた綿棒で軽擦、アイシングを行い筋収縮を促進した。

・1回あたり3~5秒程度/a:/を持続発声させながら舌圧子で他動的に軟口蓋を挙上。

・16週後からは/a:/の持続発声をしながら自動的に軟口蓋を挙上する運動変更。

➡これらの訓練を1セッションあたり約30回程度の運動を繰り返し、1日2セッション、週5回行った。

2)対照的生成ドリルを用いた構音訓練

・破裂音を中心とした悲通鼻音と通鼻音の音素を含む単語の対からなる対照的生成ドリルを用いた構音訓練を追加した。音響分析ソフトのリアルタイムスぺクトログラムを用いて発生時の鼻音化の有無を視覚的にフィードバックすることで注意を高めた。

 

感想

VPIに対してよく用いられる訓練技法にブローイングがあるが、これはAcademy of Neurologic Communication Disorders and Sciencesによって訓練実施の妥当性が明確に否定されているらしい。勉強していかないと、こちらの領域もどんどん遅れをとってしまうな。

「高齢期難聴がもたらす負の影響」 と 「介入の可能性」 について

内田育恵:高齢期難聴がもたらす影響と期待される介入の可能性.音声言語医学 56:143‐147.2015

 

65歳以上の高齢難聴者は全国で1500万人に上るとされ、超高齢化社会である日本においては緊要な課題である。この稿では、前半では高齢期難聴がもたらす個人や社会への不利益について、後半では補聴器導入や聴覚リハに関する知見を概説している。

 

  • 高齢期難聴が関与する負の影響について

 

高齢難聴者を対象とする多くの疫学研究から、難聴の存在が、抑うつ、意欲低下、認知機能低下、脳萎縮、要介護又は死亡等のリスク増加に関与することが報告されている。

米国民対象の調査では、70歳以上の女性中等度難聴群では、聴力良好群を基準にすると、特に抑うつと有意に関連していたとの報告がある。また、60歳代を対象に、認知機能検査と聴力検査の両方の結果を比較したところ、25dBの聴力低下に伴う認知機能の低下は、7歳の経年変化とほぼ等価であるとの試算を出している。

同じく米で実施された縦断研究では、中等度難聴群では聴力正常群に比べて認知症発症リスクが3倍、高度難聴群では約5倍になるとの報告がある。さらには、難聴群と聴力正常群ではその後のMRI画像の追跡調査で、脳萎縮の進行が有意に速かったという知見が示されている。

また、難聴と死の転帰との関連や、難聴者の医療費支出額が相対的に多い理由としては、難聴がもたらす社会的孤立、認知機能低下、うつ、医療介入に対するアドヒアランス低下、ヘルスリテラシー低下が推察されている。

 

 

 高齢者をターゲットに、規模の大きな集団で補聴器の中長期的な有効性を検証した研究は殆んどない。ここでは100名以上の集団を対象に補聴器介入を行った研究として、Murlowらの研究とvan Hoorenらの研究を紹介している。

 

 Murlowらは退役軍人を対象に、聴力40dB以上の194名を補聴器装用群と非装用群に分けて追跡調査を行った。4か月後、ベースラインと比べて認知機能や抑うつに関する項目で、補聴器装用者の方が有意な改善を示した。

 

 一方で、van Hoorenらは、60歳以上の難聴者に対し、補聴器装用群と非装用群に分け12か月後に認知機能検査を行ったが、両群間に有意な変化を認めなかった。

 

このように調査数もまだ少なく、

「現時点では、高齢者に対する補聴器を用いた介入が『認知機能を保つ効果があるか』または『抑うつの予防効果があるか』というResearch Questionの結論は出ていない

ようだ。

 

筆者らは、国立長寿医療研究センター病院耳鼻咽喉科補聴器外来受診者を対象に、特に80歳以上の年齢群に注目して語音明瞭度を解析している。語音弁別能70%未満である割合は、80歳未満男性で25%であるのに対して、80歳以上だと67.7%と優位に高い結果が出た。また強音圧で明瞭度が最高明瞭度より低値となるロールオーバー現象を年齢別に検討したところ、高齢になるに従いロールオーバー現象が発生しやすいことが分かった。

語音弁別能が低い場合、ロールオーバー現象が起こりやすい場合などは、補聴器への期待が過剰にならないよう、導入前のガイダンスであらかじめ歩調の限界について説明しておくことが求められる。また「補聴器使用は聴覚リハビリテーションである」という啓発が、定着を得るために重要である。

 

(最後のところで今後の聴覚リハの可能性を示唆するような大変興味深い研究が報告されていた。)

 

“楽器演奏トレーニングで語音聴取能が向上するのでは?”というOPERA hypothesisである。高齢の音楽家では、同世代の非音楽家と比べて言語聴取時の脳幹や皮質下の反応が速く、音楽的なトレーニングを開始した年齢や、トレーニング継続期間との相関がみられた。このことから以下5条件が揃えば、楽器演奏などの音楽トレーニングが言語をコード化するときの神経活動を高め、聴覚処理ネットワークにおける神経可塑性を促すとする仮説が出された。

Overlap:音楽とスピーチの音響的な処理プロセスで共通する脳内ネットワークの存在。

Precision:音楽がそれらのネットワークに対して、言語より精度の高い処理プロセスを要求するものである。

Emotion:音楽活動がそのネットワークに強い正の感情を引き起こさせるものである。

Repetition:そのネットワークを働かせる音楽活動は頻繁に繰り返される必要がある。

Attention:そのネットワークを活用する音楽活動が意識の注目下に行われること。

 

《感想》

Opera hypothesis、まだ仮説の段階なのでしょうが、たいへん面白いですね。

老人性難聴の予防ってできるの?

山下裕司,菅原一真:感覚器の老化と抗加齢医学‐聴覚‐.日耳鼻 119:840‐845,2016

 

老人性難聴とは生理的な年齢変化により生じる難聴のことで、高齢者のQOLを著しく障害する。罹患者は多く、今後社会の高齢化が進めば、より一層深刻な問題となる。

その特徴としては、両側性感音難聴が進行し、高周波数帯域から閾値が上昇し、聴覚情報の中枢処理の遅延や音源定位の悪化が生じる。一般に騒音下での会話が困難となり、死因の弁別に困難を覚えたりする。さらに進行すると、母音の弁別も困難になり、コミュニケーションが高度に障害される。

 

 老人性難聴の発症に影響を与える因子としては、遺伝的要因、騒音暴露歴、喫煙、糖尿病・循環器疾患などの合併などが挙げられている。

 

(と、ここまでは従来から言われていたこと。筆者らはここからさらに老人性難聴の予防について自らがかかわる2つの研究について言及している。)

 

  1. 熱ショック応答による老人性難聴の予防に関する研究 
  2. マウスに熱負荷やてプレノンの投与により内耳に熱ショック応答を誘導することで、老人性難聴モデルマウスの難聴が抑制された。
  3. メタボリック症候群モデルマウスにおける難聴発症の機序と予防に関する研究
  4. メタボのマウスにカロリー制限を行うことで、内耳血管障害を抑制し難聴の進行を予防できた。

 

《感想》

言語聴覚士として老人性難聴の基礎知識は分かっていたはずだが、「予防」という重要な観点から難聴を勉強したことってなかった。大変勉強になった。難聴予防薬、期待しています!