nobody knows diary

神経心理学や言語病理学について、読んだ論文をまとめています。

Coltheartによる妄想の神経心理学

Max Coltheart: The neuropsychology of delusions. Ann. N. Y. Acad. Sci., 1191: 16-26, 2010

■はじめに

 ノーベル賞受賞者ジョン・ナッシュはなぜ自分は神の左足で、いずれは南極大陸の皇帝になると考えるに至ったのか?妄想的信念はきわめて奇怪で謎に満ちており、精神科医の先駆者たちは科学の理解を超えていると明言していた。しかし、過去20余年にわたる認知神経心理学の研究により、妄想の性質や発生についての神経心理学的説明が可能となりつつある。

 さまざまな種類の妄想を論じる中で、「妄想の二要因仮説」が導き出された。この仮説によると、どんな種類の妄想もこの二要因が揃うことで引き起こされる。第一要因は、妄想的信念を鼓舞するような神経心理学的障害のことで、これが妄想の“内容”を決定する。第二要因は、通常であればその妄想を棄却するはずの信念評価の障害であり、これは妄想の“維持”を決定する。

 カプグラ妄想は、身近な人間(たとえば配偶者等)が消えてしまい、目の前にいるその人は替え玉であると考える妄想である。過去にはこの特異な妄想に対して様々な精神力動学的説明がなされてきたが、現在では神経心理学的説明が可能である。これは既知相貌と未知相貌を見たときのそれぞれの自律神経の反応(この場合皮膚電気抵抗反応→SCR)を調べることで明らかとなった。健常群や非妄想性の精神病患者を被験者とした実験では、未知相貌を見た時に比べ既知相貌を見たときの方が、より大きなSCRが得られた。しかし、カプグラ妄想の患者では、既知相貌と未知相貌でSCRに差は認めなかった。彼らは通常親しい人物を見たときに生じる生理反応が生じにくく、目の前の人物は配偶者に似ているけれども実際にはそうではなく、他人である、という考えに至る。前頭葉内側腹部の障害でこのような現象が生じるとされており、これがカプグラ妄想の第一要因である。

 カプグラ妄想患者は、目の前の人物が配偶者ではなく他人であるという考えを抱くが、それを反駁する証拠・証言は周囲にたくさんある。例えば、目の前の人物が患者と同じ結婚指輪をしていたり、配偶者しか知りえない患者の過去を知っていたりする。しかし、そのような妄想内容とは矛盾するような数々の証拠があっても、妄想患者は正常な信念評価システムがはたらかず誤った信念を抱き続けてしまう。このように信念評価システムに生じた障害が、妄想の第二要因となる。

妄想に関する二つの問題                                                  

 妄想患者は世界の様相を正しく評価する機構が障害されているが、なぜあらゆるトピックに対してむやみやたらに妄想を抱かないのか。その疑問には“第一要因の偏在”が答えになる。例えばカプグラ妄想患者では、どんな場合でも親しい人物に対して自律神経の反応が生じない。それゆえ、奇妙な考えは他にも生まれては消えていくが、特定の妄想だけが確固不動のものになっていくのだ。

 二つ目の問題は、妄想はどうして出たり出なかったりと浮動的なのかということだ。例えばカプグラ妄想患者では、家族を正しく同定できる場合もあるが、他人であると信じて疑わない時もある。この疑問への答えは、信念評価システムの障害は完全に崩壊したわけではなく、弱まっていると解釈することである。信念評価システムが正常に機能しているときは、患者らは妄想を誤りであると棄却することができる。

信念評価の神経基盤

 過去の報告例を見ていくと、あらゆる妄想には右半球、なかでも右前頭葉の関与が有力視されている。Corlettら(2007)は妄想患者と健常統制群とで比較実験を行った。これはアレルギー専門医になったつもりで、様々な食物に対してそれが患者Xのアレルゲンであるかどうか判断してもらう課題である。被験者は各施行ごとにその食物がXにどのような影響をもたらすかフィードバックを受ける。そのフィードバックが予測通りのときもあれば、予測に反する(予測誤差)場合もある。健常群では予測誤差の試行で右前頭葉背外側部(RDPFC)の賦活が認められたが、妄想患者では通常の試行と予測誤差の試行とでRDFPFCの働きに差はなかった。こうした実験結果から、妄想的信念を棄却する信念評価システムにはRDLPFCとの関連が推測される。

 

(つぶやき)

妄想を神経心理学的に考える際に、ここで紹介されている「妄想の二要因仮説」からアプローチするやり方がある。まず第一段階として、妄想の種類を決定するような神経心理学的障害があって、さらに第二段階として、その妄想の維持には右前頭葉背外側損傷によると思われる信念評価の障害ある。うん、やっぱり、とっても分かりやすい説明仮説。

視床失語について

中野明子,下村辰雄:左視床と失語.BRAIN and NERVE, 67: 1495-1498, 2015

 

1 左視床損傷に関する研究

 言語機能における左視床の役割についての研究は古くからあった。多くの研究により、左右の視床が機能的に等価ではなく、右利き者の場合、失語症状が左視床病変で生じることは周知のことになりつつある。しかし、左視床損傷の前例に失語が生じるわけではなく、生じたとしても予後良好という報告が多い。

 中野ら(1982)は急性期視床出血例8例の検討を行った。覚醒の低下や反応浮動性、易疲労、発話量減少や声量減少が多くの症例に認められた。また全例言語理解は良好で、発話の流暢性も保たれ、復唱機能も保存されていた。6例には喚語困難、迂言、意味性錯語、保続など健忘性失語類似の言語症状をみとめた。

 その後中野ら(1983)は急性期左視床出血31例について検討したが、失語症状は13例(41.9%)に認め、他は記憶記銘力障害、および見当識障害4例(20%)、軽度計算障害性格変化、無洞性無言症は各1例(5%)であった。慢性期の検討を17例で行ったが、9例の症状が消失していた。失語症残存例8例のうち4例が失語症状を呈していたが、外側伸展型が多く被殻への関与が考えらえた。

 

2 視床失語の特徴

 石合(2012)は視床失語について以下のようにまとめている。「左視床病巣で言語症状が見られた場合、多くの例で復唱が保たれており、超皮質性失語の範疇に入ることが多い。自発話は減少し小声で、プロソディの障害がみられる場合や一過性の構音障害がみられる場合があるが、発語失行はない。錯語、新造語が出現し、ジャーゴンを呈することもある。呼称障害は大半でみられる。理解障害の程度はまちまちで、重度から障害がないものまで報告されている。音読は比較的保たれている。全体的に保続の頻度が高い。自発話が減少する場合が多いことから、超皮質性運動失語や混合型聴皮質性失語に分類されることが多い。」

 大槻(2008)は視床失語について、皮質科性失語の特徴に加え、音量の減少、全般に易疲労であることなど、発語を支える背景の問題の合併を示唆する場合が多いとしている。

 このように視床失語は超皮質性失語あるいは皮質下性失語に分類されるものが多く、音量の減少、易疲労が合併する。しかし、視床失語に運動障害生構音障害やアナルトリーなど発語運動障害が合併するという報告は少ないように思われる。

 

3 視床失語の発現機序

 Brown(1974)は視床病巣によって生じるのは真の失語症ではなく、皮質の言語活動のde-facilitationによる症状であると述べた。また石合(2012)は、視床の損傷により遠隔効果として皮質機能が障害される可能性があり、皮質の血流低下と失語症状に関連がある可能性が示されていると述べている。

 

(つぶやき)

 構音面の異常を呈した視床失語の患者様を見たことあるけど、この論文を読んでみるとあまりいない症例であることが分かる。やはり出血量も多く、血腫が視床の四周に進展し、脳室穿破までしていたことで、より広範な皮質領域の低下が生じていたからなのかなー。

大東先生による「妄想の神経心理学」

大東祥孝:神経心理学から妄想にどこまで迫れるか‐「妄想の神経心理学」にむけて‐.神経心理学,29:228‐235

 

はじめに

日本の神経心理学の草分けである大御所、大東博司教授の最初の記念碑的著作は「失語・失行・失認」である。その5年後の改訂版では「巣症状としての精神症状」として、幻覚・記憶・知性障害、発動性障害、感情・性格変化を記載しているが、さすがに「妄想」までは取り上げていない。しかし、1990年代頃から心の理論や情動認知、社会認知、意思決定などに関する「社会脳」理論など、対人関係にかかわる学説が取り入れられるようになって、ようやく「妄想」のような精神病理学的症状も神経心理学の視座からとらえなおす試みも現れてきた。

 本稿では次に記す(1)~(3)のアプローチで妄想の神経基盤について考えていく。

 

  1. 親和感と妄想性人物誤認症候‐カプグラ妄想とフレゴリの錯覚‐

Ellis& Young(1990)は「相貌失認の鏡像」としてカプグラ症状を捉えようとする仮説を提起したが、これは「妄想」を認知障害として説明することが可能であることを示した、極めて興味深い仮説である。(Eliis & Young(1990)の二重経路モデルについての説明はここでは割愛する)

類似の考え方が、フレゴリの錯覚に対しても試みられている。器質的な要因を背景に持つフレゴリ―の錯覚は非常に少ない。しかし、一過性であったり、他の身体徴候に覆われて見逃されている可能性もあり、想定されているほどすくなくないのではないか、という見方もある(兼本,2004)。

兼本(2004)によれば、脳器質性疾患を背景としたフレゴリ―の錯覚では、漠然とした現実の違和感(離人感)を背景として、最終的に迫害的方向をもつ病態となる傾向がある。さらに神経心理学的に興味深い仮説として、カプグラ症候群とフレゴリの錯覚とを「親近感」の病理を媒介として統合的に捉えようとする村井(1996)やKanemoto(1997)の見解がある。それは、扁桃体の機能が低下する場合に「既知感」が現れ、過剰になる場合に「離人感」が出現すると考える説であり、フレゴリの錯覚を扁桃体の機能低下と、カプグラ症候を扁桃体の機能過剰と関連させて捉えようとしている。しかし、扁桃体の機能異常が生じるウルバッハ・ビーテ病やクリューバー・ビューシー症候群でフレゴリの錯覚のような病態は見られていない。扁桃体の機能障害と「親近感」とはおそらく密接な関係にあると思えるが、その機能低下、機能過剰と、しょうじうる病態との関連については、なお立ち入った検討が必要である。

 

  1. 妄想知覚とPDFTBI

 妄想知覚というのは、近くそれ自体は正常に行われるにもかかわらず、それに病的な解釈を付与してしまう症状をさしている。頭部外傷のあとに一定の期間(数年)をおいて、こうした精神症状の出現することがある。これを頭部外傷後精神病性障害(Psychotic Disorder Following Traumatic Brain Injury=PDFTBI)と呼ぶ。

病変部位としてしばしば見られるのが側頭極における脳挫傷である。この部位は、従来、損傷をこうむっても大きな症状は出現しないと考えられてきたが、最近になって、社会認知に関連した情動認知機能、心の理論機能などに関与していることが確かめられてきている。また視覚、聴覚、嗅覚などの近くの最終端末がいったん側頭極に収れんし、そこから扁桃体に達することが知られている。扁桃体は、主に恐怖や嫌悪などの負の感情を識別し、自身にとって危険であると判断された場合には、そこから逃避する行動を惹起する際に必要な役割を果たす。

大東(2009)は、側頭極に脳挫傷を有し、外傷後数年して、被害的妄想知覚、幻覚妄想状態を呈した3例について表情評定課題を行った。これは「怒り、嫌悪、恐怖、悲しみ、驚き、幸福」の感情を示す相貌について、それぞれがどの程度に6つの情動に合致するかを判断してもらう課題であった。結果として、3例すべてが、負の情動評価に混乱がみられ、全体に負の方向へバイアスのかかった判断をしていることがわかった。こうした負のバイアスが持続することで、他者の言動に対して負のバイアスがかかり続け、やがて妄想知覚が形成されていくと考えられる。

 

(3)訂正不能性と妄想的信念の二要因理論

 妄想の不可欠の特性に妄想内容の「訂正不能性」がある。Corlettら(2007)の研究からは、右前頭前野の45野や46野が予測誤差(prediction-error)の適切な評価に重要な役割を果たしていることが分かってきた。妄想状態にある人はこの右前頭前野の機能が健常群よりも低下しているという。

 こうした一連の研究をまとめてColtheart(2010)は、妄想的信念の二要因理論を提唱した。それは、①まず最初に、妄想的信念を鼓舞するような神経心理学的障害が生じること、②第二に、普通の状態であればその妄想を廃棄するはずの信念評価の過程に障害をもたらす神経心理学的評価が生じる、というものである。

 要するに、妄想の訂正不能性というのは、おそらく右前頭葉と関連した、誤った信念を訂正するという能力が、神経心理学的に損傷されてしまうために出現するのではないか、ということになる。

老人性難聴と心血管系の関係性について

RaymondH. Hull, Stacey R. Kerschen:

Can Improved Cardiovascular Health Enhance Auditory Function?.

心臓血管の健康増進は聴覚機能を良くするのか?

(The Hearing Journal. 71, 22-23, 2018)

 

☞老人性難聴の発症に影響を与える因子には、遺伝、騒音暴露歴、喫煙、糖尿病、循環器疾患などがあるという。そこで今回は、この循環器疾患と難聴の関係性について言及された記事を読んでみることにした。

 

 

 心臓血管系が内耳や中枢聴覚系にあたえる影響は大きい。内耳や中枢聴覚系への血流障害が生じれば、それは騒音や(聴覚系の)外傷・疾病と合わさって、聴覚機能をより一層低下させる。心臓血管と内耳機能の関係性は80年以上も前から多くの研究者が論じているところであり、中でも興味深いのはRubinsteinら(1977)の研究で、彼らは心臓血管系の慢性的な障害と聴力との関係性について調べている。彼らは慢性的な心臓血管疾患や末梢循環障害を持っている人は、そうでない人に比べ500-8000Hzでの閾値が有意に低いことを発見し、その原因を内耳における微小循環障害のためと考えた。

 

Nomiyaら(2008)は若年成人における動脈硬化と内耳機能の関係性を調査し、側頭骨内の動脈硬化が進んだ人は、内耳における神経節細胞数が有意に少なく、蝸牛神経節の萎縮もすすむなど、高音急墜型感音難聴と同様の特徴を持つことを明らかにした。より初期の研究(Fischら, 1972)(Makishima, 1978)では内耳動脈が狭窄し血流量が制限されると、難聴が生じることが分かっている。

 

 また心臓血管系の衰えは、内耳などの末梢聴覚系だけでなく中枢性の聴覚経路にも作用する。Biner and Willott(1989)などその他多くの研究者が、心血管系の健康状態と脳幹における聴覚伝導路や聴皮質の機能は関係していることを報告している。

 

 さらに興味深いことに、Torreら(2005)は、1週間に1回以上の運動をしている人は運動習慣のない人にくらべて難聴となる人の割合が32%も少なかったことを報告し、運動が難聴予防に効果があることを発見した。心血管系の健康維持や増進は、末梢と中枢どちらの聴覚機能も維持・改善させることができると述べている。またAlessioら(2002)やKramerら(1999)は、心血管の健康と聴覚機能の関係性は年齢を重ねるほどに強くなってり、それは80代や90代などの高齢になっても変わらないと報告している。

 

 Colcome and Kramer(2003)は心臓血管と認知機能の関連を調べる中で、心血管系の疾患が認知機能、特に言語処理能力や意思決定能力を低下させることを明らかにし、「心血管系の健康増進は、生物学的にも機能的にもその人の認知機能を若返らせることが可能だろう」と結論づけた。

 

 このように過去数十年間の研究で、心血管の健康と末梢・中枢性の聴覚系との関係性が明らかとなってきた。心血管系と聴覚機能の関係性を知ることは、audiologist(≒言語聴覚士)が患者の聴覚障害の病態を理解するのに重要な事である。

失構音の下位分類

高倉祐樹,大槻美佳:失構音の下位分類とその病態の発現機序について.

言語聴覚研究,13;258‐274,2016

 

ずっと読もう読もうと思っていた論文。

 

【はじめに】

失構音とは「構音のひずみ」と「音の連結不良」を主要症候の中に含む発話症状のことである。従来、この失構音は❝構音操作を行う司令部の障害❞であるとか❝発話運動プログラミングの障害❞だとか言われてきたが、これら❝司令部❞や❝プログラミング❞が具体的にどのような構造をしているのかは分かっていない。

失構音をめぐる議論が紛糾している要因としては、①発話症状の評価が様々なバイアスのある聴覚的な方法に依存していること、②失構音という病態が単一次元の障害ではない可能性があること、の2点が考えられる。

そこで本研究では、①発話までの「反応時間」や「発話持続時間」に関する定量的な測定と、②具体的な発話症状と脳損傷部位との対応関係の検討、という2つの手法を組み合わせることで、より信頼性の高い失構音の下位分類を試みている。

 

【考察】

 大槻(2005)の手法に準じて、「歪み」と「音連結不良」に着目し、前景に立つ症状による分類をした結果、①歪みが前景に立つタイプ(Ⅰ)、②連結不良が前景に立つタイプ(Ⅱ)、③歪みと連結不良が同程度認められるタイプ(Ⅲ)、④連結不良を伴わない新たなタイプ(Ⅳ)が検出された。

タイプⅠは、前例とも左中心前回の後方が損傷されており、

タイプⅡは、左中心前回よりも前方部の損傷に加え、左傍側脳室皮質下の損傷があり、

タイプⅢは、左傍側脳室に限局した病巣が認められ、

タイプⅣは、左被殻ないし視床といった皮質下の神経核が障害されていた。

さらにこれらの特徴をGuentherらのDIVAモデルと照合し、タイプⅠ~Ⅲは❝フィードフォワード制御系❞の障害、タイプⅣは❝フィードバック制御系❞の障害としてとらえている。

 

(つぶやき)

失構音は単一次元の障害ではなく、その障害基盤には多層性があるってこと。このことは、うん、とても納得できるし腑に落ちる。

あとはDIVAモデル…これのオリジナルをよく勉強しないと。考察のところで、タイプⅠ~Ⅳについて、フィードフォワードorフィードバック制御系の問題つなげて論を展開しているけれど、この部分はちょっとすぐには理解できない内容だった。

 

 

 

抗NMDA受容体脳炎における純粋精神病エピソードの頻度と症状

Matthew S. Kayser et al. : Frequency and Characteristics of Isolated Psychiatric Episodes in Anti-N-Methyl-D-Aspartate Receptor Encephalitis. JAMA Neurol, 70: 1133-1139. 2013

 

【はじめに】

 抗NMDA受容体脳炎は自己免疫性疾患のひとつであり、NMDA受容体のサブユニットであるNR1にIgG抗体が結合することで生じる。病初期にはさまざまな精神症状をみとめ、続いて神経症状が出現、認知行動症状が長引くことがある。統合失調症をおもわせる重篤な行動変化があるために、これまで精神科疾患と誤診されてきた可能性も指摘されている。なかでも誤診されやすいのが、神経学的症状がとくになく、純粋な精神病エピソードのみのケースである。ここでは抗NMDA受容体脳炎における純粋精神病エピソードの頻度とその症状について調べている。

 

【方法】

 抗NMDA受容体脳炎と診断された571例。全例、髄液もしくは血清からIgG抗体が検出されている。フォローアップ期間は平均24カ月。初発例・再発例のいずれをも対象とする。全例他の疾患を除外するため、MRIや髄液検査などで精査されている。ここでの純粋精神病エピソードとは、「神経症状をともなわず、血清あるいは髄液中の抗NMDA受容体抗体により引き起こされた精神症状」と定義される。

【結果】

 571例中、精神症状のみを呈した患者は23例(4%)であった。このうち5例は抗NMDA受容体脳炎の初発であり、のこりの18人は再発時の症状として精神症状のみを呈した。23例(女性21例)の平均年齢は20歳で、10例(43%)が腫瘍を合併し、全例卵巣奇形腫だった。10例中5例は再発例であり、このうち初発時には腫瘍が確認されていなかったのが3例、腫瘍再発が2例であった。

 MRIで異常所見をみとめたのは22例中10例で、FLAIRで側頭葉、前頭葉頭頂葉などに非特異的な変化があった。EEGは20例におこなわれ15例で異常を呈し、てんかん波、あるいは非特異的な徐波を伴った。

 再発18例については過去に抗NMDA受容体脳炎と診断されており、初発のときは神経症状もあり典型的な経過をたどっていた。再発の18例では発症から治療開始までの時間は平均14日(3~60日)であり、初発群5例の平均28日(7~154日)と比べ、早いうちから治療が開始されている。18例中5例は複数回の再発があり、うち2例は複数回精神症状のみの再発があった。

 純粋精神病エピソード23例の臨床像としては、17例(74%)が妄想、10例(43%)が幻聴や幻視、13例(57%)が攻撃性の亢進であった。16例(70%)には気分の変調も認められている。

 初発の5例中3例で認知機能を調べているが、精神症状が強すぎて記憶の問題を示唆するぐらいの結果しか出ていない。再発の18例中3例では、以前の脳炎後からコルサコフ症候群様の症状が後遺症として残っており、再発時も変わらなかった。

 免疫療法や腫瘍摘出などの治療後、23例中19例(83%)で完全寛解もしくは改善をみとめている。

Case2

 28歳、女性。精神科疾患の既往や家族歴なし。異常行動や幻視で発症。当初、単純ヘルペス脳炎が疑われ、これに準じた治療がほどこされたが改善しなかった。MRIや髄液検査、FFGで異常所見なし。精神科病院に入院となったが、ここでの医師が脳炎を疑い再度転院。髄液検査でNMDA受容体抗体をみとめ、免疫グロブリン大量療法とステロイド治療を受けた。退院前に精神科に移り、やがて完全回復した。初発から33か月後、ふたたび異常言動が出はじめ、性行動過剰や妄想、躁状態が目立つようになった。前回治療を受けた病院に入院となったが、攻撃性が強く、長期にわたる拘束が必要だった。髄液検査でNMDA抗体の増加をみとめ、標準的な治療を受けた。入院期間中を通して神経学的症状は認めなかった。精神症状対してはバルプロ酸やクエチアピン、クロルプロマジンが処方された。やがて精神科に入院となり10日後に退院となった。

 

【考察】

 純粋精神病エピソードの抗NMDA受容体脳炎は稀ではあるが、初発・再発いずれの場合でも生じ得る。特に、初発であり、神経学的症状が無く、脳炎の既往もない患者だと、最初は精神疾患であると誤診されやすい。ここでの初発5例はMRIで異常所見があったために髄液検査を含むより詳しい検査に移行できたが、このことは裏を返せばMRIで異常所見がなければ抗NMDA脳炎の可能性を見過ごされてしまうことを意味する。治療への反応がよい疾患であるだけに、早期に抗NMDA受容体脳炎と診断できることが重要である。

 

 

 

抗NMDA受容体脳炎と精神症状の関係

筒井幸ら:抗NMDA受容体脳炎と精神症状.精神医学,57:795-801,2015

 

 抗N-methyl D-aspartate (NMDA)受容体脳炎という新たな疾患概念は、2007年Dalmauらにより提唱された。本疾患は辺縁系を首座とする自己免疫性の脳炎で、意識障害のほか、精神症状、けいれん発作、自律神経症状、不随意運動などの多彩な症状を呈する。当初、本疾患は卵巣奇形腫を伴う傍腫瘍性の辺縁系脳炎と考えられたが、症例報告が増えるにつれ腫瘍を伴わないケースもあることが分かってきた。

 

 本疾患は経過中に気分の変調や統合失調症を疑わせる精神症状を呈することが多い。このため、精神科がかかわる頻度が7割を超える器質性精神疾患でもある。また症例数は限られているものの、経過を通して精神症状のみ、てんかん発作のみ生じるケースも知られている。典型例であってもMRI上異常を指摘されないことが3割あり、これらの患者が精神症状のみ呈した場合は、自己免疫性辺縁系脳炎の可能性が見逃されてしまうこともある。

 

 男女比は2:8、平均年齢21歳と、若年女性に多い疾患である。18歳以下は37%、45歳以上は5%と若年から壮年までの発症が大半だが、老年期発症のケースもある。腫瘍の合併するケースは全体の4割で、そのうち大半(96%)が卵巣奇形腫である。

 

 典型的な抗NMDA受容体脳炎の経過としては、感冒様症状のあと、抑うつ状態様の症状を呈し、幻覚妄想状態を伴い顕在化する。幻聴、幻視、妄想、気分の易変性などを生じ初発の統合失調症が疑われることもあり、当初は精神科受診、精神科専門病院への入院となることも多い。

 

【検査所見】

・病初期には、血液検査には大きな問題を認めないことが多い。

MRIでは66%に異常が指揮され、側頭葉内側の異常が多いが、本脳炎に特異的といえる所見はない。

EEGは有用で、典型例は全般性の徐波を生じる。だがEEG正常のケースもいる。

 

【診断】

 患者の髄液、血清からIgG抗体を同定することで確定診断となる。抗NMDA受容体に対するIgG抗体測定は、ヒト胎児腎細胞にNMDA受容体のサブユニットであるGluN1とGluN2を共発現させるcell-based assay(CBA)などにより行われる。CBAは4日が必要で、国内では測定できる施設が限られている(金沢医科大学秋田大学)。

 まずは急性期のサンプルを採取し、感染性脳炎髄膜炎が否定されたところで速やかに免疫療法を施行、確定診断は後日という形をとることも多い。

 

【治療と予後】

 免疫療法をおこなうことで良好な予後が期待できる。卵巣奇形腫などの腫瘍合併例では腫瘍の切除が望ましい。免疫療法として1st lineはステロイドパルス療法、血漿交換、免疫グロブリン大量療法(IVIG)、2nd lineはリツキシマブ、シクロフォスファミド投与が推奨されている。

 長期予後としては、寛解~軽度の後遺症をのこすものが8割と大半で、致死率は4~7%である。

 

【精神科領域からの提言】

 Kruse(2015)は、精神科患者で抗NMDA受容体脳炎が疑われた12例について、気分、思考、言語に関する症状とカタトニア症状が特徴であったと報告している。確定診断の前に9例は精神科の適応と判断されており、1例を除く全例が精神科あるいは内科入院となっていた。

 12例全例が言語や発語の異常を生じており、発語量の減少も伴った。それに加え、発症当初の多弁sな、繰り返しあるいは保続様の発語、反響言語、新作言語、喚語困難など、多彩な言語症状を認めた。認知機能障害は全例で認められており、神経症状は11例で指摘され、異常運動、けいれん、感覚の障害などがそれにあたる。

 本疾患は統合失調症様症状が華々しいことも多いため、気分の異常や言語・発語障害の評価は二の次になりがちである。しかし、臨床経過と症状を詳細に診察・聴取し、異常体験に加え気分症状や、言語や発語の異常などに関しても注意深くあるべきと思われる。

 

(感想)

これまで抗NMDA受容体脳炎について知らな過ぎた。精神症状が華々しい場合、神経内科の先生に『心療内科精神科医のコンサルを一刻もはやくお願いします!我々STにできることはありません!』って思っていたけど、精神症状にマスクされた認知機能や言語の異常をしっかり評価することがSTの大切な役割なんだな。